2012年01月22日
たまには、政治…
(以下は、受け売りですよ…)
代表制民主主義は、
しばしば政治家や行政に
問題を丸投げする
「おまかせ民主主義」に陥り、
危機が深刻化する。
そこから抜け出すのに
「強いリーダー」を求めることもまた、
丸投げ相手探しにほかならない。
救世主などいない。
そう気付いたときに、
民主主義の試練が始まる。
日本社会でも
新たな階層が生まれてきている。
国民皆年金など
基礎的な社会保障からさえも
排除された人たちが多数派となる
「貧困マジョリティー」だ。
グローバル化やマネー資本主義が進み、
非正規雇用が増えて
中間層が崩壊するような社会の到来は、
危険な時代への予兆ではないか。
米国はじめ国内外の
最強の秩序形成者に抵抗する力もなく、
生活に追われて
政治的な難題に
真正面から対峙するゆとりもない。
同時に、精神のバランスを維持するために
「うっぷん晴らし政治」を渇望する。
政治の混乱を面白がり、
自虐的に、
極めて反射的に、
表面的に評価して、
選挙権を行使する。
大阪市の橋下徹市長の「ハシズム現象」も
貧困マジョリティーの
心情的瞬発力に支えられている面が大きい。
「地方公務員は特別待遇を受けている」
とバッシングし、
閉塞状況下の欲求不満に応えていくやり方だ。
「政治のリーダーシップ不足」
と言われるが、
民主政治を基盤とする国での
ヒーロー待望論ほど異常なものはない。
日本古来の「頂点同調主義」に加え、
異議を唱える者を排除する
「熱狂的等質化現象」が一体となる。
「うっぷん晴らし政治」の
渇望を満たそうとすれば、
1930年代の政治が繰り返される。
グローバリズムが生み出した
「貧困ファシズム」の培地となりかねない。
「うっぷん晴らし政治」ではなく
世界のモデルに目を向け
食糧、介護、エネルギーの自給圏を志向すべきだ。
地味でもいいから、
グローバル化の中で、
それに対抗できる「新たな経済」を作ることが
本当の政治の役割だと思う。


